10/30(月)「プエブロの夜」

 

昨日は600gのステーキを平らげた後、何もする気になれなくて、予約した 3マイル先のHOTELに直行した。

車窓に流れるモーテルのネオンサインは、どれも安い宿代をドライバーにアピールしていた。この街は宿代が安いようだ。

HOTELとは言っても50ドル以下ではMOTELとあまり変わらない。

ただフロントのチェックがあるので、何かトラブルを抱えていそうな人間は居ないだろうという安心感はある。

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さて、今日も夜が明ける前から行動開始。

Route66 が東西に走り、鉄道のハブにもなっているアマリロだが、実は航空産業の街でもある。

先日もベル・ヘリコプター社で日本向け初号機V-22(オスプレイ)のエンジンテストが行われたばかりだ(2017当時)

観光する気になれば1日必要だろうが、これから西へ向かって、特に今日は単に距離だけじゃない時間と文化を飛び越える大移動をしなければならない。初日の580マイルよりハードになりそうだ。


The last star above Lonestar

SouthEast 3rd Avenue, Amarillo, TX

夜明け前の月曜日、対向車線は街の中心へ向かうための渋滞が始まりそうだ。アメリカ人もよく働くじゃないか。

旧Route66 を暫く走った後、キャデラックランチ近くのExit62Aからインターステートに滑り込む。

前世紀のアメリカンカルチャーや、その残骸を触りに行こうか。

アマリロから30マイル、VEGAという小さな街の手前で太陽に追いつかれた。

今朝はまだコーヒーを飲んでいない。寄り道には早いけど一等星の名も気になるし、ちょっと寄って行こう。

 

夜明け前から営業している

 

街のランドマークはこの給水塔のようだ

あまりのんびりはしていられないので先へ進もう。

ところで、いま走っている40号線はシカゴとサンタモニカを結んでいたRoute66を上書きした州間ハイウェイだ。

この先のExit23を出たところにある小さな街 エイドリアンはRoute66の中間地点。

シカゴまで1139マイル、サンタモニカも1139マイルということで MidPoint ともいわれているが、アメリカを代表する風景のひとつグレートプレーンズの真っただ中でもある。

 

最近、記念撮影ポイントになったようだ

 

独眼オールドマン

 

ツケマガール

 

老兵、マコーミック

 

風は吹かなかった

 

西へ進むにつれ Exitナンバーが18、15と小さくなっていく。次の Exit 0 はテキサス州とのお別れを意味するので少し寂しい。

Exit 0を出たが、まだ数百メートルはテキサスだ。

目の前に現れたのはガスステーション。もちろん営業はしていない。帰る間際に土産を手渡されたみたいだな。好物なので有り難くいただく。

*この後、廃墟系の写真が続きます。

 撮影者の主観がより強く出ている画ばかりですが、ご容赦ください。

この手の撮影対象は、先ず ひと回りして、こちらを見ている顔を見つけることにしている。

​チョウゲンボウはここだと言っている。右端のタイヤもルーフの傾斜もそう言っている。自分もここだと思う。

SELFと眼が合う。後の白い廃屋は自分をアクセントに入れろと言う。廃タイヤはフレームをもっと下げろという。オマエら、うるさいな。

雲はこのやり取りに関わりたくないようだ。

忘れられた道。  忘れられたガスステーション。  毎年咲く花。

こんな廃墟にも、あの日の人間の残像があって、タテモノや毎年ここで咲く花はそれを記憶しているかもしれない。

窓枠にしがみつく割れ残ったガラスのアピールがうるさいな。

気味が悪いと思うのなら、それは正常な反応だから安心して。

放火された このガスステーションには、もう1枚の窓ガラスも残って無くて、そこに映る空は、外で見る空より美しいんじゃないかと思える。

直線的な州間ハイウェイに上書きされなかった区間は、今でも旧ルート66が残っているところも多い。州境の辺りからニューメキシコ州トゥクムカリまで旧Route66が通っていることは事前に調べていた。

ニューメキシコ州サン・ジョンまでは未舗装道だ。ダートの Route66 はこれまでドライブした覚えがないな。

には適当な雲が浮き、大平原には旨そうな牛がまばら。バックミラーには延々と土埃が映る。

ところで州越えは昼過ぎだった。しかし州間時差があるのでまた午前。今日は正午を2回経験するわけだが、なんだか得した気分だ。

 

Route66, Glenrio, NM

 

Route66, San Jon, NM

ニューメキシコ州トゥクムカリ。Route66 を代表する宿場だ。Tucumcari はトゥクムケアリやトゥクムキャリの方が近いかもしれない。

上の画にある照明(手前と奥)のデザインがいい。

職業柄、工業デザイン的視点で2分ほど見たが、この位置に照明を配置するための最小部材であり、加工も最小限であることに気が付く。​美しいわけだ。

この街のシンボル的存在を正統的な構図で1枚

「ブルースワローモーテル」で検索していただければ、諸先輩方の解説を見つけられるはずだ。

ここでは、今日(2017年10月30日)は営業されている。とだけ記しておく。

自分の画なら「Blue Swallow」はこんなんでいい。

さぁ、西へ。

I-40W の車窓から。

*あの日、変な鉄塔だなと思って何の気なしに撮ったが、現像時にびっくりした。

 基本的に4本のワイヤーで支えているだけだ。これも必要最小限の部材を追求した結果なんだろう。

こちらも40号線にて。実はよく見る光景。

14:00過ぎにアルバカーキからロズウェルに向かうため進路変更した クラインズコーナーまで戻って来た。

クラインズコーナーからUS285を北に50マイル行けば、伝説の写真集で知られたサンタ・フェがある。

サンタ・フェ周辺には1万年前から遊牧インディアンが暮らしていて、定着した者たちがプエブロ文化を興していった。

今日から3日間、アメリカンインディアンの世界に入っていくが、その入り口をプエブロにできたことは幸運だと思う。

本当は美しいサンタ・フェに1泊したいところだが、少し街を散策するものの ウォルマートでの買い出しが主たる目的であることが実に惜しい。

プエブロインディアンの世界に、限られた時間の中で最大限没入するにはどうしたらよいか。

この旅を計画したときから考えていた。

タオス・プエブロに寄ってサンタ・フェで一泊して翌日は一気にナバホの地へ。という案もあるが、これでは普通に良い旅だ。

 

少々苦労はするが、1000年前の彼らの生活を疑似体験する方法がある。

プエブロ文化の中心地だった、チャコ・キャニオン(チャコ・カルチャー国立歴史公園)で一晩過ごすのだ。

実際の居住跡の目の前にテントを張ることが許されている。

渓谷の向こうから昇る月と流れる雲を眺め、谷を抜ける風を頬に感じる。火を熾し暖を取り、スープを温める。

一晩のことではあるが、時空を超えて没入するために考えた旅程だ。

買い出しを終え、サンタ・フェのウォルマートを出たのが16:30。

グーグルマップによるとチャコ・カルチャーまで174マイル、所要時間3時間ちょっと。

最後の23マイルはコンディションの読めない未舗装道なので、実際はもう少しかかるだろう。

分かってはいるが、今日は明らかなオーバーワークだ。

 

ロッキー山脈の南端を回り込むようにI-25SからUS550へ進路変更。

アルバカーキ行きの25号線と違い交通量は極端に少ない。高速ワインディングの走りやすい道ではあるが、ヘッドライトだけが頼りなので、時速70マイル以上は出せないな。地元のピックアップは80mph以上で追い越していったけど。

ロス・アラモスからの合流点、キューバで休憩するころにはすっかり日も暮れた。

 

久しぶりの灯り Cuba のガスステーション

現地SIMカードを刺した iPhone が3Gすら拾わない中、地図をダウンロードしておいたグーグルマップとGPSで常に現在地点は掴めていた。

チャコ・カルチャーへはこの先、左折して側道に入る必要がある。

目印は手前にガスステーションと地味な看板がひとつ。GPSが無かったら見落とすかもしれない。

 

グーグルマップの言う通りに左折。Indian Service Route 7061 (Road7900) に入った。

5マイル先、Road7950が出て右折。ここまで舗装道路。側道に入ったら未舗装だと思っていたので助かった。

と思ったらその先からデコボコダートが始まった。

Road 7950   2017.10月現在、未舗装区間は14マイル

到着は20時になった。

当然のことながら国立公園内の好きな場所にテントを張ってよいわけではない。

チャコ・カルチャー国立歴史公園内には Gallo Camp Ground というキャンプサイトがあるが、事前に予約する必要がある。

トイレはあるが、シャワーは無い。もちろん売店もない。LTEも3Gもない。

しかし、

プエブロの夜がある。

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